2017年05月15日

透明人間の錯覚でパーソナルスペースが狭くなる

自分は透明人間だと錯覚すると、パーソナルスペースが狭くなるという研究があります。つまり、自分は透明人間だと思うと、近くに他者が接近するのをより許容するようになるということです。

D’Angelo, M., di Pellegrino, G., & Frassinetti, F. (2017). Invisible body illusion modulates interpersonal space. Scientific Reports, 7:1302. doi:10.1038/s41598-017-01441-9.

イタリアのボローニャ大学心理学研究室、同大学認知神経科学研究センター(Centre for studies and research in Cognitive Neuroscience,CsrNC)、マントヴァ県カステル・ゴッフレード(コムーネ)のマウゲーリ臨床科学研究所カラッテレ科学的救護・治療協会(Istituto di Ricovero e Cura a Carattere Scientifico,IRCCS)病院、イギリスのバンガー大学心理学部の研究者による論文です。

〇実験1

実験参加者は平均年齢が22.63歳の24人の女性(年齢の範囲は20〜26歳)。

実験中、参加者はヘッドマウントディスプレイ(Head Mounted Displays,HMDs)を装着。三脚を用意し、参加者の頭部と同じ高さにHDウェブカムを設置、パソコンを通してHMDsと同期接続させました。これにより、参加者はHMDsを通してHDウェブカムが撮った映像をリアルタイムで見ることになりました。

透明人間錯覚は、参加者が自身の身体を見ることができるはずの空間にHMDsを通して、「空白」の映像を流し、その空白空間を絵筆でナデナデするのを、参加者の実際の身体の対応部位のナデナデと同期させることで引き起こす方法を用いました。なお、透明人間錯覚の誘導手続きの詳細は、私の別のブログ『緘黙ブログー不安の心理学、脳科学的知見からー』の「透明人間の錯覚で人前に立ってもストレスを感じにくくなる」を確認してください。

透明人間錯覚は視触覚同期で生じますが、統制条件として視触覚非同期実験も行いました。どの参加者も同期条件と非同期条件を経験する被験者内実験計画で、どちらを最初にするかはランダムに決定。同期条件と非同期条件の間には1週間の間隔を設けました。

実験課題は2種類でした。1つは他者からの最小快適距離(パーソナルスペース)を判断する対人距離課題で、もう1つは他者に手が届くと思う距離を判断する身体近傍空間(身体周囲空間)課題でした。対人距離課題と身体近傍空間課題は透明人間錯覚の誘導手続きの前後に行いました(課題順序は参加者間でカウンターバランス)。

どちらの課題でも、直立姿勢の参加者の位置は三脚の左側から40 cmの位置だったのですが、参加者に近づくサクラは、最初、三脚から5メートルの位置にいました。サクラ(女性)はHMDsによって参加者の視点となっているカメラの方に向かって接近しました。対人距離課題では、接近してくるサクラとの距離が不快になるかならないかの限界点で参加者がストップの合図をし、身体近傍空間課題では、サクラに自分の手が届くと思う場所でストップの合図をしました。対人距離/身体近傍距離は、サクラの胸部と三脚の間の距離としてデジタルレーザー距離計で計測しました。

透明人間錯覚誘導手続きの前のサクラと後のサクラは別人でしたが、似た服を着るなり、カウンターバランスするなりで、違いの影響を最小限に抑えました。サクラの接近は一定の歩行速度で実施し、中性表情(無表情)でした。サクラの視線はカメラの真下でした。

透明身体の所有感錯覚(透明人間錯覚)の強さの評定は6項目の質問で行いました(ー3〜+3までの7件法リッカート尺度)。6項目中3つは透明人間錯覚を調べるためのものでしたが、残る3つは被暗示性と課題追従傾向を測る統制質問でした。

実験の結果、同期条件で統制質問よりも透明人間錯覚質問の方が得点が高くなりました。錯覚質問でも統制質問でも非同期条件よりも同期条件の方が得点が高くなりましたが、平均値が正の値(=質問に肯定的)だったのは、同期条件で透明人間錯覚の強さを尋ねた質問だけでした。

サクラに手が届くと思うまでの距離よりもパーソナルスペースの境界までの距離の方が長くなりました(実験2でも同様)。

同期条件では透明人間錯覚の誘導前よりも誘導後の方が、パーソナルスペースの境界までの距離が短くなりました。具体的には誘導前は平均的にパーソナルスペースが89.8 cmだったのが、透明人間錯覚の後に75 cmに短縮しました。一方、非同期条件では錯覚実験セッション後が86.8 cm、前が90.21 cmで有意差も検出されませんでした。非同期条件の実験セッション前のパーソナルスペース、実験セッション後のパーソナルスペースと比較して、同期条件の実験セッション後のパーソナルスペースは小さくなりました。

サクラに手が届くと思うまでの距離(身体近傍空間)の判断は、同期条件で錯覚実験セッション前が62.4 cm、錯覚実験セッション後が64.6 cm、非同期条件で錯覚実験セッション前が66.3 cm、錯覚実験セッション後が68 cmで、何も有意ではありませんでした。

〇実験2

実験1は、透明人間錯覚が起こる同期条件のみパーソナルスペースが短縮し、非同期条件では心地良い対人距離の判断に影響しませんでした。また、身体近傍空間の判断は透明人間錯覚の影響を受けませんでした。このことは、透明人間錯覚によるパーソナルスペースの萎縮は、身体の周囲の距離感が変化したからではないことを意味します。

実験1の解釈として、透明人間錯覚によりパーソナルスペースが狭くなったというのが本論文の主旨です。しかし、パーソナルスペースが狭くなったのは透明人間錯覚のためではなく、HMDsを通してHDウェブカムの映像を流すことにより空間的環境における存在感が変化したためだという解釈も可能です。そこで、この可能性を検証するために実験2を実施しました。

実験2では実験1とは逆に、パーソナルスペースを変化させず、身体近傍空間を変化させることを目指しました。その際に、身体近傍空間に影響する道具使用パラダイムのバーチャルリアリティー版を用いました。

実験1とは違う女性24人が参加。平均年齢23.91歳(範囲20〜28歳)。エディンバラ利き手テスト(Edinburgh Handedness Inventory,EHI)によると、右利きが21人。

実験1と同じ対人距離課題と身体近傍空間課題を使用。ただし、透明人間錯覚ではなく、道具訓練の前後に課題を実施。

実験1ではWebカメラが1台だけでしたが、実験2では2台使用。1台は三脚に、もう一台はHMDsに装着。道具訓練中は三脚のWebカメラを使わず、HMDsのWebカメラを使用し、HMDsを通して参加者がカメラ映像をリアルタイムに見ることができました。

アクティブ道具訓練とパッシブ道具訓練の2種類を実施(被験者内実験計画)。アクティブ道具訓練では右手に持った70 cmのくま手で、テーブルの上に置いたトークンを取ることを求めました。パッシブ道具訓練では右手のくま手の先端近くのトークンの特徴を口頭で報告することを求めました。

実験の結果、サクラに手が届くと思うまでの距離はアクティブ道具訓練の前で68.2 cmだったのが、アクティブ道具訓練の後では83.8 cmに増大し、有意差も検出されました。一方、パーソナルスペースの境界までの距離はアクティブ道具訓練の前で85 cm、アクティブ道具訓練の後で81.5 cmで有意差は検出されませんでした。

パッシブ道具訓練では、サクラに手が届くと思うまでの距離が訓練前で69.7 cm、訓練後で67.4 cm、パーソナルスペースの境界までの距離は訓練前で80.8 cm、訓練後で79.6 cmで、いずれも有意ではありませんでした。

この結果は、くま手でトークンを取るというアクティブな訓練をした場合のみ、サクラに手が届くと思うまでの距離が長くなる(ある程度の長さのある道具を使って物を取るという行為が身体近傍空間を拡張させる)一方で、パーソナルスペースには影響しないことを示唆します。

また、実験1で見いだされた、透明人間錯覚が起こる同期条件でのパーソナルスペースの狭小化は、透明人間錯覚そのものの効果ではなく、バーチャルリアリティーを使った影響である可能性も低くなります。というのも、もしも透明人間錯覚とは無関係にバーチャルリアリティーでパーソナルスペースが小さくなったのならば、実験2でもパーソナルスペースが狭くなるはずで、結果はそうでなかったからです(というのが論文著者の主張ですが、バーチャルリアリティーでのパーソナルスペースの計測結果と現実世界でのパーソナルスペースの計測結果を直接比較した方が良いような…)。

〇透明人間錯覚の実験一覧
透明人間の錯覚で痛覚感受性が高まる
透明身体錯覚でも、身体サイズの錯覚が物体の大きさ知覚に影響する

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posted by マーキュリー2世 at 15:40 | Comment(0) | TrackBack(0) | 身体心理学(身体錯覚を含む) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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