2016年07月17日

ラバーハンドとブラシの間に磁力を感じる錯覚

ラバーハンドイリュージョン(ラバーハンド錯覚)という現象があります。ラバーハンドイリュージョンとは、衝立などで見えない本物の手にブラシなどで触覚刺激を与えながら、偽物の手(ラバーハンド,義手)にも触覚刺激を同期して与えると、偽物の手が自分の手のように感じる錯覚現象のことです。偽物の手が視野に入っている状態での実験です。

↓ラバーハンドイリュージョンの動画(流通経済大学公式チャンネルより)


しかし、実はラバーハンドイリュージョンには様々な変則型が存在します。今回取り上げる論文もその1つで、ラバーハンドそのものに触覚刺激を与えなくても、本物の手と同期してラバーハンドの上空をなでれば、ラバーハンド所有感が生じるという内容です。しかも、ブラシとラバーハンドの間に磁力が働いているように感じるというのです。この錯覚を研究者は磁気触覚錯覚(magnetic touch illusion)と名付けました。

主な実験結果を記すと以下の通りです。
・磁気触覚とラバーハンド所有感の間に有意な正の相関関係(実験1a、1b)
・なでなでする中空とラバーハンドの距離が35 cm〜45 cmの間に磁気触覚、ラバーハンド所有感が顕著に低下(実験1a、1b)
・ラバーハンドとなでる中空(ブラシ)との間に金属製テーブルを入れ、物理的バリアーを作ると錯覚が弱まる(実験3a、3b)
・磁気触覚の錯覚は3Dでも生じ、その境界は平均して38.7 ± 5.7 cmほど(実験4)

なお、本研究以外のラバーハンドイリュージョンに関する研究を知りたい方は、私の別のブログ『心理学、脳科学の最新研究ニュース』で"ラバーハンド"と検索するとけっこうヒットします。

『心理学、脳科学の最新研究ニュース』で"ラバーハンド"と検索

Guterstam, A., Zeberg, H., Özçiftci, V. M., & Ehrsson, H. H. (2016). The magnetic touch illusion: A perceptual correlate of visuo-tactile integration in peripersonal space. Cognition, 155, 44-56. doi:10.1016/j.cognition.2016.06.004.

スウェーデン(ストックホルム)のカロリンスカ研究所神経科学部門の研究者による論文です。

実験は8つ。全部で101人が参加(女性60人,右利き89人)。

・錯覚誘導手続き
テーブルに腕を乗せて、右腕をスクリーンの後ろに置き、視野に入らないようにする(実験4では右腕はテーブルの下)。ラバーハンド(義手)をテーブルの見える位置に置く。対面に座っている実験者が研究参加者の右手をブラシでなでながら、ラバーハンドの上にある「中空」を別のブラシでなでる(なで方は義手の形に合わせた形式)。ブラシでなでる部位は右手の5指とそれに対応する中空部位。中空はラバーハンドから5 cm、15 cm、25 cm、35 cm、45 cm、55 cmの距離の6種類。

撫で方は指の全体をなでる方法と軽くたたく(タッピングする)方法の2つを組み合わせました。なお、非同期条件では実際の指と中空を同期してなでるのではなく、交互になでました。非同期条件での中空の位置はラバーハンドから5 cmと55 cmの2種類だけにしました。参加者の右手の人差し指とラバーハンドの人差し指の間の距離は15 cmに固定。

●指標:質問紙、Proprioceptive drift(固有受容ドリフト)、モーショントラッキング、アイトラッキング

1.質問紙(実験1a、1b、2a、3a)
同期条件、非同期条件終了後に以下の質問紙の項目がどれだけ当てはまるか回答。視覚的アナログ尺度(Visual Analog Scale,VAS)を使用。
・磁気触覚を測る質問:ブラシとラバーハンドの間が離れていても、ブラシで触られていると感じる。ブラシとラバーハンドの間に磁場が働いているように感じる。
・被暗示性・追従性を測る統制質問:痛みを感じる。ラバーハンドと自分の手の間に磁場を感じる。
・ラバーハンド所有感:ラバーハンドに触覚を感じる。ラバーハンドが自分の手であるかのように感じる。
・ラバーハンド所有感の統制質問:まるで右手が2つあるかのようだ。ラバーハンドが実際の手の方向にドリフトしているかのようだ。

2.Proprioceptive drift(実験1c、2b、3b)
Proprioceptive driftとは自分の手の位置知覚がラバーハンド側にずれることを言います。Proprioceptive driftは身体所有感の間接的指標だとされています。本研究では、右手の人差し指がどこにあると感じるかという位置感覚を、目を閉じて左手の人差し指で指し示してもらいました。これをブラシでなでる前後に実施し、この2回の差をProprioceptive driftとしました。ここで測った位置感覚とは左右方向の位置感覚のことです。具体的には、目盛りを実験者にしか見えないようにした1mの定規を横方向に渡し、被験者が目を閉じた後に実際の手とラバーハンドを区切っているスクリーンを開けて、左の人差し指で右人差し指があると感じる場所を回答してもらいました。

3.モーショントラッキング(実験1a、1b、2a、4)
モーショントラッキングの目的はラバーハンドとなでる中空の間の距離が実験者が意図した通りだったかを調べることにありました。中空で使うブラシの先端に空間座標を3Dで記録するモーションセンサーをつけました。

4.アイトラッキング(本論文ではデータの報告なし)
CCTVカメラで左目の動きを記録。

○実験1a、1b
実験1aの参加者は21人(女性12人)、平均年齢は27 ± 5.1歳。実験1bの参加者は20人(女性15人)、平均年齢は27 ± 6.7歳。

実験1aは視線を向けておく参照点がラバーハンドとの距離で0 cm、実験1bは参照点がラバーハンドから10 cm上の位置。

実験1aの結果、モーショントラッキングのデータにより、実験者の中空なでなでの距離が正確で、同期条件でも非同期条件でも同様で、一貫性があったことが分かりました(実験1bでも同様)。

また、ラバーハンドからの距離が5 cmの中空をなでる場合に、磁気触覚、ラバーハンド所有感が同期刺激(vs. 非同期刺激)で強くなり、55 cmではたとえ同期条件でも磁気触覚、ラバーハンド所有感は弱くなりました(実験1bでも同様)。

さらに、磁気触覚とラバーハンド所有感の間には有意な正の相関関係が検出されました。すなわち、同期条件と非同期条件の差で磁気触覚とラバーハンド所有感の相関係数は実験1aで0.78、実験1bで0.45でした。なお、ここで算出した相関係数はラバーハンドから5 cm上の中空をなでなでした条件でのことです。

なでなでする中空とラバーハンドの距離が35 cm〜45 cmの間に磁気触覚、ラバーハンド所有感が顕著に低下しました(実験1bでも同様)。このことはラバーハンド錯覚を感じやすいのは義手からの距離が35 cmまでの中空で、それ以降になると錯覚を感じにくくなることを示唆します。論文著者は、この35 cm〜45 cmという境界線は身体近傍空間ニューロンの視覚受容野を反映していると考えているようです。ただ、参照点が10 cm上の場合には5 cm〜15 cmの間でも磁気触覚、ラバーハンド所有感の低下が有意でした。

実験1aは参照点がラバーハンドとの距離で0 cm、実験1bは参照点が10 cm上でしたね。実は、実験1bの目的は、実験1aでラバーハンドからの距離が35 cm〜45 cmの間に磁気触覚、ラバーハンド所有感が低下したのが、単に周辺視野の外側に行ったから(網膜中心座標系による)ではなく、手周囲空間の視覚受容野の空間的境界を越えたことによるものだと示したかったことにありました。実験1aでも実験1bでもラバーハンドからの距離が35 cm〜45 cmの間に磁気触覚、ラバーハンド所有感が低下したということは、仮説通りの結果だということになります(もしも単に周辺視野の外側になでる位置がいったから錯覚が低下したのであれば、視線を向けておく参照点が10 cm上の実験1bで35 cm〜45 cmの間ではなく、45 cm〜55 cmの間に錯覚が低下するはずで、実験結果はそうでなかったので)。

ただ、参照点が0 cmの場合よりも10 cmの方がラバーハンド錯覚が弱くなっていました。

○実験1c

実験1cの参加者は20人(女性12人)、平均年齢は30 ± 8.5歳。

同期条件では、45 cm条件よりも5 cm条件でラバーハンドへのProprioceptive driftが大きくなりました(=ラバーハンドからの距離が短い中空をなでなでする方が自分の手の位置がラバーハンド寄りに感じる)。一方、非同期条件では5 cm条件と45 cm条件で有意差が検出されませんでした。

○実験2a、2b

実験2a、2bの目的はラバーハンドへ絵筆が接近してきているという期待だけで、錯覚が生じる可能性を検証することにありました。実験2aは質問紙調査、実験2bはProprioceptive drift。

実験2aの参加者は実験1aの参加者と同じ21人(女性12人)。実験2bの参加者は20人(女性12人)、平均年齢は24 ± 4.0歳。

実験2a、2bは指をタッピングするなで方だけでした。ラバーハンドに向かって2 cm/sの速さで上から絵筆を降ろしてトントンとタッピングするのと同期して、見えない位置にある実際の手にもタッピング刺激を与える視触覚同期条件、実際の手には触覚刺激を与えないが、絵筆がラバーハンドに接近するのを観察する接近ブラシ条件、ラバーハンドの35 cm上にブラシを固定しておく静的ブラシ条件の3種類を設定。ブラシに注目するよう教示。

実験2a、2bの結果、磁気触覚、ラバーハンド所有感、Proprioceptive driftのいずれも視触覚同期条件>接近ブラシ条件・静的ブラシ条件の順に高くなりました。このことから、今回の磁気触覚錯覚やラバーハンド錯覚にはブラシのラバーハンドへの接近なでなでと実際の手へのなでなでの両方(視覚刺激と触覚刺激の同期)が必要であることが示唆されました。さらに、単に絵筆が接近してきているのを視認して、触覚が生じるという期待から錯覚が生じた可能性が排除されました。

○実験3a、3b

実験3a、3bの目的は錯覚が物理的バリアーを超えて生じるかどうかを調べることでした。実験3aは質問紙調査法を用い、実験3bはProprioceptive driftを指標としました。

実験3aの参加者は実験2bと同じ参加者で20人(女性12人)。実験3bの参加者は20人(女性9人)、平均年齢は27 ± 6.9歳。

3 cmの厚さの金属製テーブルの下にラバーハンドを入れ、なでる中空(ブラシ)との物理的バリアーを作りました。なお、たとえバリアーがあっても被験者はラバーハンドを見ることができました。テーブルの挿入以外の手続きはほとんど実験1aと同様でしたが、違いもありました。すなわち、なでる中空領域はラバーハンドの上部15 cmの場所だけとしました。

実験3a、3bの結果、同期条件では、物理的バリアーがないよりも物理的バリアーがある方が、磁気触覚、ラバーハンド所有感、Proprioceptive driftのすべてが低くなりました。物理的バリアーがある/ない非同期条件との比較でも、物理的バリアーがない同期条件の方が磁気触覚、ラバーハンド所有感、Proprioceptive driftが強くなりました(ただし、Proprioceptive driftについては視触覚の同期/非同期×物理的バリアーの有無の交互作用が有意でなかったが、対比較で有意)→ラバーハンドとなでる中空(ブラシ)の間に物理的障壁を設けると、錯覚が弱まる(ちなみに、物理的バリアーを設けると手周囲ニューロンの視覚受容野が制限されるので、このような結果になったと考察できます)。

○実験4

実験4の目的は磁気触覚の錯覚が3Dでも生じるか、もし生じるならどの程度の空間まで起きるのかを検証することとしました。

参加者は以前の実験で強く錯覚を感じた人4名(女性1名)、平均年齢30 ± 2.9歳。

参加者の本物の右手を15 cmの高さのテーブルの下に置き、ラバーハンドはテーブルの上に置きました。ラバーハンドの位置は下にある実際の手の内側か外側に8 cmずらしました。

なで方は実験2a、2bと同じ指をタッピングする方法を採用しました。最初になでる中空の位置はラバーハンドの5 cm上としました。参加者が錯覚を感じたところで、タッピングする中空の位置とラバーハンドの位置の間の距離を1秒間に約2 cmずつ広げました。移動させる方向は水平線上に45°、90°…、上向きの角度で45°、90°…というように予め決めておきました。参加者はリアルタイムに左手でスライディングバーを動かし、磁気触覚を評定しました。

実験4の結果、動かす方向によって違いましたが、ラバーハンドの位置からだいたい20〜80 cm(平均すると38.7 ± 5.7 cm)あたりの中空をなでる時に急激に磁気触覚が低下していきました。この結果は、磁気触覚の錯覚は3Dでも生じ、その境界は20〜80 cm(平均で38.7 ± 5.7 cm)ほどであることを意味します。

また、ラバーハンドの位置は実際の手の内側か外側に8 cmずらしていましたが、その位置の変更に伴って錯覚の位置も動きました。なお、動かしたのはX軸だけで、Y軸やZ軸は動かしませんでしたが、結果も錯覚の位置が動いたのはX軸だけでした。このことから、磁気触覚の錯覚はラバーハンドを中心とした空間座標に沿って生じていることが示唆されました。

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posted by マーキュリー2世 at 22:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | 身体心理学(身体錯覚を含む) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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